2017年11月
2017年11月27日
先憂後楽の心がけ
紅葉の時期、東京にいたころのわたしたちは、休みごとに紅葉狩りに出かけていたといっても言い過ぎではないくらい出歩いていた。しかし、お店を始めるとそうもいかない。毎週火曜日と水曜日は定休日だが、仕入れの発注をしなければならなかったり、休みの日でないとできない買い物があったり。水曜日の午後からは、仕込みや開店準備で仕事モードになる。
そんなある火曜日。岡山市内に用があったついでに岡山後楽園の紅葉を見に行った。岡山市の中心部は、家探しをしていた時期によく宿をとったエリアだが、そのころは観光どころではなかった。岡山後楽園は二人とも初めてである。
岡山の後楽園は、言うまでもなく金沢の兼六園、水戸の偕楽園とともに日本三名園の一つに数えられている。岡山藩主の大名庭園として元禄13年(1700年)に完成した。その後も、ときどきの藩主の好みで手が加えられたが、江戸時代の姿を大きく変えることなく現在に伝えられている。わたしたちは正門から入ったが、入るとすぐに庭園越しに岡山城が望めた。
「なるほど。お殿様のお庭とはこういうものか」と感心しながら見て回る。「カフェ明治屋」にも、住居部分に隣接してちょっとした日本庭園があり、池も造ってあるが、一度、シルバー人材センターの人たちに草刈りと剪定をしてもらったあとは野放し。いまでは元通りに草ぼうぼうである。お殿様の庭園と比べるのはおこがましいが、わたしたちではちょっとした庭さえ手に余るのに、広大な岡山後楽園ではすみずみまで手入れが行き届いていることに感心する。紅葉は「千入の森(ちしおのもり)」という一角で見られた。光を浴びたモミジの葉が美しかった。
それはともかく、岡山には紅葉の名所がたくさんある。北部、中国山地の方まで足をのばせば渓流沿いの紅葉がみられる。そこまで行かなくても、たとえば「カフェ明治屋」に近いところでは、わたしたちも訪れたことのある閑谷学校がある。ことしの紅葉の時期は、開店準備とオープン直後の忙しさのために紅葉を見る機会が少なかったが、来年以降、岡山・中国地方の紅葉の名所をひとつずつ訪ねてみたい。それができれば、それがわたしたちにとっての「後楽」なのかもしれない。
2017年11月23日
金庫の秘密
「カフェ明治屋」の入口は、昔ながらの引き戸だ。そこをガラガラと開けて中に入ると、すのこ状の上り口がしつらえてあり、靴を脱いで上がるようになっている。その突き当たりの一角に、大きな金庫が鎮座している。
わたしたちが「明治屋」の物件に決めたとき、家の中はあらかた片付いていたが、こまごまとしたものは残っていた。そして、この金庫も。わたしと妻は、売り主さんに片づけてからの引き渡しをお願いしたが、この金庫だけは残しておいてくれないかと頼んだ。金庫の存在感がそうさせたのだと思う。
この金庫は観音開きで、「イロハ・・・」の文字が入ったダイヤル錠がついている。製造元の銘として「東京市 馬喰町 竹内製造」という文字が浮き彫りになった真鍮製らしきプレートがついている。このプレートには菊の御紋もあしらってあり、このメーカーと皇室とのかかわりがうかがわれる。製品名は「鋼鐵第五號」だ。「東京市」という表記からして、おそらく明治か大正、近くても戦前昭和のものだろう。
この金庫が、実はまだ現役なのだ。開かなくなるのが怖くて鍵を掛けたことはないが、売り主さんからは開錠の手順を教えてもらっているから、施錠、開錠ができるのだと思う。扉は重々しくもスムーズに開閉し、軋み音の一つもない。
この金庫は下に車輪がついている。カフェに改装するとき、金庫の裏に漆喰を塗りたくて金庫を少し動かそうとしたが、車輪がついているにもかかわらずびくともしなかった。この金庫自体が、ここに存在し続けることを主張しているとしか思えない。
というわけで、この金庫は「カフェ明治屋」のシンボルになっている。存在自体が人の目を引く。さすがに金庫として使うつもりはなかったので、中に何を入れるか二人で相談した。その結果・・・。
店に小さなお子さんを連れたお客さんが見えると、その子に「あとでいいものをあげるからね」と言うことにしている。ちょっとした時間を見つけて、親御さんとお子さんを金庫の前に連れてくる。「この中に秘密の宝物が入っているんだよ」と言うと、おもむろに扉を開ける。二重、三重の扉を開けて出てくるのは、ちょっとしたオモチャがたくさん入ったカゴだ。目を輝かせた子供に「どれがいいかな? ひとつ選んでね」と声をかける。この金庫は、りっぱに現役なのだ。
2017年11月19日
エヴァンスか明治屋か
数年前になるだろうか。まだ漠然とカフェ開業を夢見ていたころ、自分たちが始めるカフェの名前は「エヴァンス」にしようと、わたしは思っていた。エヴァンス。そう、言わずと知れたジャズピアニスト、ビル・エヴァンスにちなんだ命名だ。
わたしたち夫婦は二人ともビル・エヴァンスのピアノが好きだ。それも、結婚してからどちらかに感化されたわけではなく、一緒になる前からそれぞれに聴いていた。当然、夫婦になってからは自宅やクルマでよくビル・エヴァンスのCDを掛けている。
「カフェ明治屋」ではBGMにインターネットのJaz Radioを流している。ジャズといってもいろいろあるが、なかでもピアノ・トリオが好きで選局している。そして、ときにはビル・エヴァンスのCDを掛ける。古民家カフェでジャズ。不釣り合いなようで、意外とマッチングはいいのではないかと思っている。
ところで、「私が選ぶベスト・ジャズCD」などという企画が時々あるが、わたしに選ばせてもらうなら、なぜかビル・エヴァンスではなくキース・ジャレットとチャーリー・ヘイデンの「ジャスミン」だ。これはトリオではなく、ピアノとベースだけという、きわめてシンプルな構成で、しかも、たしかキース・ジャレットの自宅で録音されたと聞いている。
わたしはもともとキース・ジャレットのファンだったわけではなく、たまたま入ったCDショップで試聴したのがきっかけでこのCDを購入した。何の気なしに試聴すると、出だしからいきなり心に沁みる音が響いてきた。こんな経験はそれまでなかった。いまでもこのCDを聴いていると、ゆったりと心安らかになれる。
話を戻して、ではなぜ店名を「エヴァンス」にせず「明治屋」にしたか。この連載の初回に書いた通り、決めた物件が明治時代に建てられたものだったからだが、「エヴァンスだと、ブランド時計ショップの方がネットで上にくるよね」という妻の一言も効いている。
2017年11月15日
珈琲のプールで泳ぎたい
コーヒーが好きなことは前にも書いたとおりだ。これはわたしに始まったことではなく、父もそうだった。わたしの父はわたしが12歳のとき早世したが、生前は税理士事務所を開いていた。そこにお客さんが来ると、いつも階下の喫茶店に誘っていたらしい。コーヒーを1日に5~6杯は飲んでいたそうだ。コーヒー好きは遺伝するのだろうか?
コクテール堂のコーヒー豆はふつうと違う。エイジングコーヒーといって生豆を数十カ月熟成させる。そのことによって、深いコクと甘みが出るのだと思う。コクテール堂のコーヒー豆は全般にそうだが、とくに「オールド5」という名称の豆は深煎りで香り高く、しっかりとした苦みと甘さがある。こういうストロングタイプが、わたしの(そして妻の)好みにぴったりだ。
この豆を、わたしは以前、手回し式のコーヒーミルを使って挽いていた。コーヒーの淹れ方はそれこそ千差万別で、それだけで何冊もの本になりそうだが、わたしはペーパーフィルターしか使ったことがない。それで十分おいしいからだ。ただ、豆の挽き方には一家言ある。標準的なペーパーフィルター用の挽き加減よりも細かく挽くのだ。どのくらいに? それは企業秘密(というほどのことではないが)。
「カフェ明治屋」をオープンして、ランチやスイーツをほめてもらうのもうれしいが、「コーヒーがおいしい」と言ってくださる方がいてとてもうれしい。うちの看板商品である「明治屋ブレンド」は、何を隠そうわたしたちが愛飲しているコクテール堂の「オールド5」である。
2017年11月11日
10円玉騒動
「カフェ明治屋」では、妻が調理担当で、わたしが飲み物兼ホール担当である。レジも基本的にわたしが打つ。このレジ打ちがわたしにとって人生初めての経験で、何度やっても緊張する。
もちろん練習はした。モーニングサービス、ランチ、スイーツそれぞれに3人客、4人客といった想定をして何度も打った。打ち間違えた場合にはクリアキー、訂正キーを押して打ち直す練習もした。それでも実際にお客さんと対面でレジを打ち、現金の受け渡しをするのは気が張る。
オープンの前には、当然、十分な釣銭を用意した。銀行でお金を崩すのもわたしにとってははじめて。東京だとふつう自動両替機だが、「カフェ明治屋」の近くの銀行支店にはない。用紙に必要な枚数を書いて、窓口で両替してもらう。10円玉は1本(50枚)を用意した。
ところが、オープン初日、締めてみると10円玉が数枚しか残っていない。「カフェ明治屋」のメニューは、トーストモーニング440円、飲み物付きランチ980円など、10円単位で半端な額のものが多いから、みなさん、500円玉、1000円札を出してお釣りを受け取られる。結果、10円玉が流出することになってしまった。
10円玉数枚では翌日からの営業に差しさわりがある。しかも、オープン日は3連休初日。翌土曜日、翌々日の日曜日も銀行は利用できない。どうするか。正直、焦った。
まず思いついたのが、コンビニで買い物をしたうえで「泣きつく」こと。釣銭をなるべく10円玉にしてもらう。次に自動販売機。160円の飲み物を買って100円玉2枚を入れれば10円玉4枚が手に入る。
そのとき妻が「ゲームセンターがある」と言い出した。なるほど、ゲーセンなら自動両替機があるだろう。しかも、祝日の夜には営業していそうだ。オープンの日、二人は店を閉めると急いでゲームセンターにクルマを走らせた。ところが、行ってみると自動両替機はあったが、崩せるのは100円玉まで。いまどき10円玉で遊べるゲームなどないのだ。こういうところで歳がわかる。
しかたないので、二人してドリンクの自動販売機で必要もないお茶や水を大量買いした。それでもまだ心配なので、コンビニに寄り、300円のお釣りが出るよう買い物をしたうえで、事情を説明してなるべくたくさんの10円玉で渡してくれるよう泣きついた。コンビニのバイトさんはとても親切で、「いいですよ」と言うなり数え数え30枚の10円玉を手渡してくれた。ほんとうに助かった。
翌日からは、会計の際に「すみませんが小銭が不足しいています。10円玉をお持ちではないですか」と訊くと、たいていのお客さんが「あります。あります」と快く出してくれた。最初からこうすればよかったのだ。ほかのお店の方にこの話をすると、張り紙をしておいても効果があるそうだ。不慣れがゆえの、とんだ10円玉騒動だった。