カフェ

2017年05月18日

カフェの「棲み分け」

前回、書いたように、こちらに来てやっていることの一つに「ご近所のカフェ」の「偵察」がある。偵察というと大げさだが、もともとカフェに行くことが好きだから、息抜きやランチがてら、参考になることはないかと覗かせてもらっているわけである。そこから見えてきたことは・・・ 

キノシタショウテン

キノシタショウテンのすっきりした外観。インテリアもセンスを感じさせる。 


まず、隣駅・邑久駅に近く瀬戸内市役所の向かいにあるキノシタショウテン。今風の外観・内装で、店の奥には焙煎機が鎮座している。そう、ここは自家焙煎で、コーヒーには相当なこだわりがあるようだ。わたしはランチにサンドイッチとブレンドコーヒーを注文したが、コーヒーの原産国・地域/農園名・ローストの程度などを記したメモが添えられていた。わたしたちが行ったとき、お客さんのほとんどは女性。コーヒーの味もだが、店のしゃれた雰囲気に惹かれていると見た。  

カフェ・ユクリ

カフェ・ユクリは看板がなければ古民家を今風に改築した住宅にしか見えない。

つぎは同じ邑久町ながら駅からは遠く、細い道を入った集落にあるカフェ・ユクリ。古民家を改装した店で、靴を脱いで上がるようになっている。広い縁側と畳敷きの座敷にゆったりと席が設けてある。注文したランチを待つ間、庭を眺めると、エサやり場に雀たちが交代でやって来てついばんでいた。ほっこりした陽だまりのような空間だ。ここは女性のグループ、カップル、家族づれと客層が多彩だった。古民家の温かさ、家庭的な雰囲気を好む人たちが通っているのだろう。  

ログキャビン

太い丸太を使った立派な造りのログキャビン。2階もある。

もう一軒はキノシタショウテンにも近い、その名もログキャビン。ワイルドなアウトドア料理を出すかと思いきや、メニューは家庭料理そのものといった感じで、わたしたちが行った日の日替わりランチは酢豚の御膳だった。しかも、それがコーヒー付きで700円。店内には中年の夫婦、年配者のグループが多く、「地元の食堂」といった感じ。地元のじっちゃん(失礼。かなりの高齢と思しき男性)が軽トラで来店していたのが印象的だ。  

  

しゃれた今風の店、古民家の落ち着ける店、リーズナブルな地元の食堂的な店、それぞれに特色を出しながらターゲットの客層をしっかりつかんでいる。さてさて、では「カフェ 明治屋」はどういう特色を打ち出し、どのような客層に訴えるか。いまはまだ、男女・年齢を絞らずに、自分たちがおいしいと確信したものをていねいに作って出すしかないと思っている。そうすれば、自然と客層は絞られてくるだろう。あとは、お客さんに教えられながら、わたしたちだけの「ニッチ(隙間)市場」を見つけよう。 



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2017年04月16日

わたくし的東京のカフェ今昔(その2)

学生時代、ろくに勉強もせずに最寄り駅や大学の近くの喫茶店で無為な(しかし、人生にとっては恐らく必要な)時間を過ごした 

 

その後、働き出したころから、「珈琲館」などのコーヒー専門店によく行くようになりブレンドだけでなく、生意気にモカなどのストレートも注文するようになった。町中にセルフのドトールコーヒー」があれよあれよという間に増えていったのはそのころである待ち時間なく提供されるため、朝の出社前や昼休みの食後にぴったりだ。というわけで、わたしもサラリーマン時代の大半の平日は「ドトール通い」である。もっとも、「ドトール」のホットコーヒーはいまひとつ好きになれなくて、たいていアイスコーヒーなのだが  


くすの樹

「珈琲館 くすの樹」では、わたしの好みはストロングコーヒー。モーニングサービスもいい。

ちなみに前回の資料総務省統計局「事業所統計調査報告書」)によると、喫茶店はその後、漸減し、2014年(平成26年)には69,983個所にまで減っている。ピーク時の半分以下である。個人経営の店がセルフサービスのチェーン店に押されて減っているという面もあるのだろう。実際、東京には、「ドトールコーヒー」をはじめ、「スターバックス」や「タリーズコーヒー」といったセルフカフェがあちこちにある。「都心などでは(セルフスタイルカフェの)店舗数が飽和状態に近づいており、競合が激化している」(モーニングスターウィークエンド特集らしい  

アイムホーム
「アイムホーム」はランチが充実している。ノスタルジックな雑貨も販売。


ただ、都心を離れると事情は違う。わたしの家(東京都小平市)の近所では、数年前、「コメダ珈琲店」や「星乃珈琲店」ができてにぎわっている。わたしも週末の朝などによく使う。駐車場付のフルサービス喫茶店は、クルマで出かける際に寄りやすく、席もセルフサービスの店に比べてややゆったりしていてくつろげる。中高年受けもよさそうだから、これからも増えるだろう。 

木亭
「民芸茶房 木亭」は、秩父の温泉宿への行き帰りには必ずといっていいほど寄る。


しかし、やっぱりカフェ・喫茶店は個人の店がいい。クルマで出かけたときなど、ところどころにある個性的なカフェに寄るのが楽しみだ。わたしが好きなカフェは、近所でいえば重厚な造りが目を引く小金井公園そばの「珈琲館 くすの樹」、手作りのインテリアやガーデニングが楽しい青梅のアイムホームや内装に趣のある秩父の「民芸茶房 木亭」だ。ドライブルートを考えるとき、頭の中で自然と立ち寄り地点に入れていたりする  

  

カフェ 明治屋」も、みなさんにそう思われる店になるようがんばらねば  



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2017年04月09日

わたくし的東京のカフェ今昔(その1)

カフェの話のついでに、わたしのカフェ体験を記しておきたい。といっても、カフェ(や喫茶店)の情報を収集したり、あちこちに行ってみたりしてるわけではない。ごく普通に東京(およびその近郊)で生活してきた一個人の感想である。 

 

わたしが上京した1979年(昭和54年)ごろは、喫茶店の全盛期だった。調べてみると、喫茶店の事業所数は、1975年(昭和50年)の92,137個所から1981年(昭和56年)には154,630個所とうなぎ上りに増加しピークを迎える(資料総務省統計局「事業所統計調査報告書」全日本コーヒー協会のホームページより 


喫茶店

カフェでは何かをするというよりも、店内や窓の外をボーっと眺めているのが好きだ。

大学に入学したわたしが住んだのは、埼玉県志木市の学生寮だったが、志木駅近くに、その名も「四季」という小さな喫茶店があった。志木で四季。あまりにベタな命名だが、そのお陰でいまでも名前を覚えている。わたしは、よく、その店のモーニング・サービスを利用した。たしか300円しないぐらいでコーヒーとトースト、それにゆで卵がついていたように記憶している。  

 

そこのコーヒーが、「お鍋コーヒー」だったこともはっきり覚えている。一度に多めのコーヒーを淹れておき、注文があったら一杯ずつ「お鍋」で沸かして供するのである。まだ世間知らずのわたしも、さすがに「ちょっとなぁ」と思ったものだ。まあ、ママさんが笑顔で出せば許されるというか、おおらかな時代だったのだろう。 

 

当時はいまと違って、個人経営の個性的な店が多かった。そのぶん、コーヒーの味は千差万別だった看板の下にKEY COFFEEと書いてある店はうまいんだ」と友だちに教えられた(?)のはそのころだ。全盛期は過ぎていたが、ジャズ喫茶などの音楽喫茶も流行っていた。わたしも新宿のDUGに行ったことがあるが、通うというほどではなかった。 

 

名前は忘れたが、大学の近くにあった喫茶店も思い出深い。日当たりのいいしゃれた店で、大学の講義(ときには試験!)をさぼっては、専攻とは関係のない本を広げて読むともなく暇を潰していた。いま思えば何の悩みがあったのかも覚えていないが、とにかく現状に満足がいかず、もがいていた記憶がある。苦いコーヒーである。調べてみると、その店はもう跡形もない。東京の町の移り変わりは激しいのである。 

 

そういえば、最近、大学のキャンパスの近くにあまりカフェ・喫茶店を見ないような気がする。学生がまじめになり(忙しくなり?)寄り道をしなくなったのか、構内にカフェスペースができて必要がなくなったのか知らないが、少し寂しい気がする 

 

カフェ、食堂、雀荘などなどからなる「門前町」を含めて大学という別世界があったころが懐かしい 



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2017年04月02日

長居したくなるカフェ

コーヒーが好きで、一日に2回はカフェに寄る。家でも、起き抜けに豆をガリガリと挽いてコーヒーを淹れている。休みの日なら、午後にもう1回だ。 

 

コーヒーのある時間が好きだ。本を読みながら、あるいは音楽を聴きながらのコーヒー・ブレークは、何物にも代え難い。ちなみに音楽は、ジャズ、とくにピアノ・トリオ(ピアノ、ベース、ドラム)にとどめを刺す。といっても、全然詳しくないし、ただBGMとして流しているだけだが 


カップコーヒー

コーヒーはゆっくり飲む。だから、冷めてもおいしいコーヒーが好きだ。

一方、わたしの妻は、料理全般、とくにお菓子作りが好きだ。以前からケーキなどを二人では食べきれないくらい作っては、勤め先に持って行ったりしていた  

 

そんな二人が、地方に移住しようとなったとき、カフェの開業を思い立ったのは自然なことだった。どちらからともなく言い出したように思う。「香り高いコーヒーとおいしいケーキの店」というわけである 

 

こういう話をすると、「ふつうは、そうなったらいいねという夢の話で終わるよね」と言われそうだが、わたしたちにとっては、カフェ開業は最初から「夢」ではなくて「現実」の話だった。会社を辞めて地方へ行く。「会社勤めは、できればもうしたくない」と思っているわたしたちにとって、カフェをしながら生きていくことは超リアルな選択だったのだ 

 

甘い」という人もいるだろう。そうかもしれない。「無謀」と思う人もいるだろう。さもありなん。でも人生時には好きなこと、やりたいことを思い切ってやってみてもいいのではないだろうか。いずれにしろ、結果はわたしたちが引き受けることになるのだから。 

 

カフェ明治屋は、内装もメニューもまったくこれからだが、わがままついでにコンセプトを一つ考えている。「わたし自身が長居したいと思えるカフェ」である自分がこの地方に住んでいたら通いたいと思えるカフェ、居心地がいいからついつい長居してしまうカフェが理想だ 

 

そんなカフェできるかどうかわからないし、そもそもわたしと同じような趣味の人がどれほどいるかまったく未知数なのだけれど 



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2017年02月11日

まだそこにないカフェ

「瀬戸内のカフェ 明治屋へようこそ」といっても、まだ開業しているわけではない。これから先、わたしと妻がオープンしようとしているカフェが、「明治屋」と名前だけは決まっている。 

 

なぜ「明治屋」か。単純明快、明治の建築だからである。増築部分は昭和のものだが、店舗となる母屋は、明治42年(1909年)の築らしい。百年を超える古民家だ。ここをおもに自分たちで改装して、店舗兼住宅にしようというわけである。古民家の趣を生かしながら、シンプルで明るいインテリアにするのが理想だ。 

 

「明治屋」は自然環境の良さも自慢だ。場所は岡山市の東隣の瀬戸内市。長船町(おさふねちょう)土師(はじ)の正通寺というお寺の正門脇にある。お寺の裏は鬱蒼と木々の生い茂る小高い丘、「明治屋」の裏手は干田川(ほしだがわ)という川で、この川はここから数キロ先で岡山三大河川の一つ吉井川に合流している。森と川に挟まれた日当たりのいい場所、空が広々と開けている場所に「明治屋」はある。 

 

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橋の突き当りがお寺。その右側にあるのが「明治屋」。

 

とにかく開店の時期も未定なら、改装にも手をつけていないので、どんな店になるのかはやってみなければわからない。ただ、もちろん、目指すところはある。コーヒーをはじめてとして飲み物がおいしい店、タルトやケーキなどのデザートが充実した店、おいしいランチが気軽に楽しめる店、なにより、ゆっくりとくつろげる「居心地のいい店」にしたい。 

 

と、「明治屋」についての「夢物語」を書いてきたが、実は、わたしはまだ東京でサラリーマン生活を送っている。瀬戸内に、この春(20174)、移住して「第二の人生」を始めようという魂胆である 

 

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 「明治屋」の玄関。戸袋に隠れているが、玄関にも雨戸がある。
 

このブログでは、東京から瀬戸内に移住してカフェを開業するという、わたしたちのチャレンジを綴っていきたいと思う。ここまで読んでくれた方は、来店時に「ブログの第1回を読んだ」と言っていただければ、ドリンク1杯サービスします! 

 

瀬戸内のカフェ 明治屋へようこそ 



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