カフェ

2018年05月22日

週末が2度来る!

昔、わたしがある出版社に勤めていたとき、社員のなかに「教祖」がいた。その宗教は「超越教」と呼ばれていた。これだけ聞くと、怪しげな新興宗教を想像する人もいるだろう。しかし、「超越教」は怪しくはあるが無害である。若い社員たちのバカ話のなかにのみ存在する「宗教」だったからだ。 

  

「超越教」の奥義はただ一言で言い表せる。「ものは考えよう」それだけだ。どういうことかというと、当時その会社にはわたしを含めて3人の男性社員がいた。みな20代から30そこそこで、気楽な独身だった。そして3人とも、「会社に来たくない」「月曜が嫌だ」ということで意見が一致していた。あるとき、いちばん年長の社員がこう言った。「楽になる方法がある。水曜日の夕方に、あした(木曜日)の今ごろには、あした(金曜日)には翌日が休みと思えるんだ、と想像すればいい。この境地に至った私は水曜日以降、天国にいるようだ」その日から、彼は「教祖」と呼ばれるようになった。 

  

会社の昼休み、階下の喫茶店で昼食をとりながら、そういう与太話をしていたわけである。「どんだけ会社が嫌いなんじゃ!」と叱られそうだが、たいていのサラリーマンは月曜より金曜のほうが気分がいいだろう。わたしも30年以上、土日休みのサラリーマン生活をしてきたせいで、金曜には心が軽くなる体質になってしまった。 

カレンダー
火曜日、水曜日が休みだが、カレンダーを見ていると土日も休みに見えてしまう。


そして今。「カフェ明治屋」は火曜・水曜が定休日である。週休二日にしたのは、いまだにサラリーマン体質が抜けないせいかもしれない(実際には、そのうちの一日以上は店の仕込みなどに費やしているが)。お客さんの入りを考えて、土日休みにはしなかった。そうすると、妙なことが起こった。定休日前日の月曜日に気持ちが軽くなるのは当然として、いまだに金曜日にも「休みだ!」という感覚が抜けないのである。とくに店を閉めた後、テレビをちらちら観ながらかたづけをしているときなどに、サラリーマン時代に楽しい気分で観た番組をやっていると、条件反射的に心が軽くなる。
 

  

というわけで、いまのわたしは火曜・水曜だけでなく、土日が近づくとなぜかウキウキする。休みが多く感じられるのは、気分がいいといえばいい。 

  

ところで、「超越教」にはひとつだけ致命的な弱点があった。気分が最高潮に達するはずの金曜日の夕方に先のことを考えるとどうなるか。「あした(土曜日)の今ごろには、あした(日曜日)には翌日が暗黒日(月曜日)だと思っている自分がいる、と想像されてしまう」ことになる。これでは何のための「ものは考えよう」かわからない。そのため、この「超越教の奥義」を金曜日に適用することは禁忌とされていた。 

  

こんなバカ話をしていた同僚たちも、サラリーマン生活の終盤に差しかかっているはずだ。そろそろ、定年後の「毎日が日曜日」の日々に備えているころだろうか。わたしはといえば、サラリーマン生活に見切りをつけ、定年のない職業に変わったわけだが、いつまで続くともしれない仕事に日々追われながらも、心のどこかで、いつも「もうすぐ休みだ」という気分である。



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2018年05月06日

カフェをやってわかったこと(その2)

前回、カフェの仕事が体力的・時間的に大変なこと、来店客数がまったく読めないことがわかったと書いたが、この地での開業ならではの「わかった」もある。それは地元の人たちがカフェに何を求めているかということだ。 

商品棚
「カフェ明治屋」の風景―その3 商品棚ではコーヒー豆と器具を販売しています。


わたしのこれまでの経験でいうと、カフェは基本的にお茶をするところだ。コーヒーにしろ紅茶にしろ、あるいはさまざまなバリエーションにしろ、飲み物をとるところだという感覚だった。もちろん、モーニングサービスを利用したりランチをとったりということもある。しかし、ベースにあるのはコーヒーをはじめとするドリンクだと思っていた。
 

  

ところが、岡山・瀬戸内市でカフェを始めてみると、お客さんが考える基本は「食べ物」だということがわかった。前にも書いたが、モーニングサービスの時間が終わってランチタイムまで間があるとき、「いまの時間は飲み物のみになります」と言うと、「えっ、食べるもの何もないの?」と驚かれる。まるで冬山で遭難したかのような口調だ。スイーツがすべて売り切れた日の午後、「ケーキは売り切れてしまいました」と言うと、「何かアテはない?」と訊かれる。アテって、酒を出しているわけじゃないんだし。 

  

飲食店なのに「食べるもの」がないのは信じられないという感覚だろう。コーヒーや紅茶だけをいただく、という習慣がないのかもしれない。そこで、前に記したようにモーニングサービスの時間を延長するとともに午後にもモーニングを出すことにした。メニューを見せながら「軽食がよろしければ、午後もモーニングサービスをおこなっております」と案内する。 

  

すると、これがなかなか好評である。さらに、不思議なことが起こった。午後のお客さんのなかには、モーニングサービス、たとえばハムチーズトーストとスイーツのチーズケーキで迷っていらっしゃる方がいる。また、午後に「私はトーストモーニングとチョコレートケーキ」と注文なさる方がいる。トースト類とスイーツが同列、さらには「おやつ」にトーストで「おやつのデザート」にスイーツという感覚である。 

  

うーむ。これには慣れないが、郷に入っては郷に従え。常時、食べるものを用意するようにしよう。「カフェ明治屋」が「ごはんカフェ明治屋」と認識され、さらには「喰い処 明治屋」になったとしても、それがこの地で生き残る道ならやむをえまい。 



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2018年05月02日

カフェをやってわかったこと(その1)

「カフェ明治屋」をオープンして6カ月がすぎた。同じことを前回書いたが、あっという間だった気もするし、まだ半年しか経っていないのかという気もする。とにかく、まったくの素人が始めた店なので、わからないことばかりだ。一方で、いやというほどわかったこともある。 

飾り棚
「カフェ明治屋」の風景―その2 飾り棚には売り主さんからのお盆などいただいた品々が並ぶ。


まず、飲食業がこれほど時間的・体力的にきつい仕事とは思わなかった。前にも書いたが(
カフェの時間割その1その2)、朝5時に起きて夜11時前後に寝るまで、食事休憩と風呂の時間以外は働いている気がする。感覚としては、115時間労働だ。実入りを考えると、最低賃金であっても雇われていたほうがお金にはなる。好きでなければ続けられない仕事ということだろう。 

  

仕事のひとつひとつはそれほどの「重労働」でも「頭を悩ます仕事」でもない。接客、配膳、飲み物製作、会計、食器のかたづけ、閉店後の掃除、おしぼり準備、お釜洗いとコメ研ぎ、翌日の黒板書き・・・。すべて、深く考えるより手足を動かす仕事だ。だが、やらなくてはならないことが多岐にわたり、ひとつひとつの仕事の量が多い。時間ばかりが過ぎていく。もちろん、調理を一手に引き受けている妻はもっと大変だ。 

  

以前は、たとえばラーメン屋さんで入店待ちをしていて、通されてみるとかたづいていないテーブルがいくつもあるのを目にすると、「なんだ。空いてるじゃないか」と思ったものだが、いまならわかる。マンパワーが足りないのだ。かたづける人手、食器を食洗器にまわす人手、席を用意して客を通したとしても注文を受けた品をつくる人手・・・。飲食業は労働集約型の業種である。その飲食業、しかも24席もある店をわたしと妻のふたりだけで切り盛りしようというのだから、大変なのは頭ではわかっていたが、実際にやってみると、そのきつさが体でわかった。 

  

もうひとつは、お客さんの「波」の振れ幅の大きさに驚いた。ランチどき、7つのテーブルが満席になり来店客をお断りしなければならない日もあれば、ランチを20食用意したのに2人しか来なかった日もある。モーニングサービスのお客さんがゼロの日もあれば、朝の910時から20人以上が来店して満席になった日もある。午後のお客さんがまったく来なかった日も多いが、次から次に来店して、自分のお昼(おにぎり)を食べる暇もなかった日もある。 

  

お客さんの数が漸増・漸減する、あるいは土・日に集中するというのならまだわかるが、ある木曜日には40人以上来店して「おしぼり」が足りないほどなのに、翌金曜日にはその半分も来ないといったことがたびたび起こる。土・日にお客さんが集中する週もあれば、平日ほども来ない週もある。今日、明日にどれほどのお客さんが来てくれるか、つねにまったく読めない、ということがわかった。 

  

このことは、親しくさせていただいているカフェの1年先輩である「べるま~ど」さんも同じだと言っていた。このカフェは年中無休で1年半以上営業しているが、いまだに来店客の動向はまったく読めないそうだ。 

  

この辺では、ランチは完全予約制という店も多い。「カフェ明治屋」では採用する予定はないが、これだけ波が大きいと、無駄を出さないためにはいい方法なのかもしれない。 



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2018年04月24日

おいしいコーヒーをどうぞ(その2)

「うまい!」 

おいしいコーヒーを飲むと、思わず心の中でうなってしまう。酒ではないが、五臓六腑にしみわたる感じがする。ところが、そういうコーヒーにはなかなか行き当たらない。わたしが思うに、「残念なコーヒー」が「残念」な理由の第一は、使うコーヒー豆の量が少なすぎるのではないだろうか。コーヒー豆は、1杯あたりコーヒー用のメジャースプーンに山盛り1杯を使ってほしい。これは910グラムになる。1杯だけ淹れるときは量を増やしてメジャースプーンで1杯半、1314グラムは使いたい。マイルドなコーヒー、あっさりしたコーヒーにしたい場合でも豆はこの量で、味は豆の銘柄で調節すべきだと思う。 

  

と、偉そうなことを書いたが、わたしはコーヒーの専門家でも何でもない。ただコーヒーが好きで、自分の味覚を信じて試行錯誤してきただけである。コーヒーはかくあるべし、こう淹れるべし、という情報は出版物でもネットの世界でもあまたあるが、わたしは上で述べた豆の量さえ守れば、あとは自由でいいと思う。自分がおいしいと思う豆を使い、気に入った淹れ方をすればいい。 

木楽
「お好み焼き 木楽」は、うっかりすると見過ごしてしまいそうな小さな店。


さて、移住して岡山でもいろいろなカフェに行ったが、おいしいコーヒーを出す店として一番に思い浮かぶのは日生の「カフェ・マルベリー」だ。ここはベーグルがおいしい店として前に紹介したが、コーヒーも大変おいしかった。というか、わたし(とわたしの妻)の口に合っていた。前にも書いたように定休日が「カフェ明治屋」と重なるのでなかなか行けないが、機会を見つけてまた行きたいと思う。
 


岡山市内では岡山城近くの「珈琲屋ラヴィアンカフヱ」を推す。ここでわたしはクラシックブレンド、妻はウィンナコーヒーを飲んだが、クラシックブレンドは苦みといいコクといい「明治屋ブレンド」をさらに一段強くしたような感じでわたし好みだ。後味もすっきりしていていい。ウィンナコーヒーは良質のクリームがたっぷりで、とてもまろやかな味だ。店主さんが誠実に淹れているのがわかる。 

  

もう一軒。湯郷温泉への行き帰りに見つけた店が赤磐市の「お好み焼き 木楽」だ。お好み焼き屋なのだが、「COFFEE」の看板もある。地元の農産物の直売所も併設されている。不思議な店だ。 

  

ある日、「湯郷鷺温泉館」での日帰り入浴の帰りにここに立ち寄ってコーヒーを飲んでみた。コーヒー1250円、これが予想に反して(失礼!)とてもうまいのである。見ると注文を受けてから豆を挽き、ていねいにドリップしている。豆はマイルドタイプだが、ちゃんとした分量を使った味がする。真面目に淹れているのだ。 

  

この店は手作り感満載のログキャビンで、冬には薪ストーブを焚いている。外から見るより中の雰囲気はいい。場所は、片上鉄道が廃線になったあとにつくられた「片鉄ロマン街道」(サイクリングロード)沿いで、国道374号線が国道484号線と交わる交差点の近く。意外なところにいい店があった。 

  

コーヒーがおいしい店は、どこも真摯にコーヒーと向き合っている店だ。手抜きをする、端折る、豆をケチるというようなことをしたら、途端に味に表れる。「カフェ明治屋」のコーヒーも、ひとりでも多くの人に「おいしい」と言ってもらえるよう真面目に淹れ続けよう。 



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2018年04月20日

おいしいコーヒーをどうぞ(その1)

とにかくコーヒーが好きなことは前にも書いた。世の中、わたしのようなコーヒー好きがいるかと思えば、子供にかぎらずコーヒーは苦手という人もいる。コーヒーを飲むと体調が悪くなるという人もいるし、いまだかつてコーヒーをおいしいと思ったことがないという人もいる。コーヒーは嗜好品だから飲めなくてもまったく困らないし、それぞれが好きな飲み物を飲めばいいと思う。 

明治屋ブレンド02
看板商品「明治屋ブレンド」。わたしにはこれが一番。


では、コーヒー好きはなぜコーヒーの虜になるのか。それがよくわからない。かつてタレーランはコーヒーを評して「悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、恋のように甘い」と言った。この甘さは砂糖のものらしいが、ブラックでもコーヒーには甘さがある。コーヒーのテイスターは
10種類近い基準でコーヒーの味を評価するらしいが、そこまでいかなくても、苦み、甘み、酸味などの要素が感じ取れる。そして香り。香りも味を決める重要な要素だ。コーヒーは、それらが絶妙に混ざり合って飲む人に快感を催させるとしか言いようがない。 

コクテール堂国分寺店
コクテール堂国分寺店。窓からの眺めがいい。


コーヒーにもいろいろあるが、わたし(とわたしの妻)はコクがあり、しっかりとした味のコーヒーが好みだ。東京でもそれなりにあちこちで飲んできたが、こういうコーヒーは意外と少ない。わたし好みのコーヒーを出す店といえば、もちろん、「コクテール堂」だ。直営のカフェは神奈川県内に
2軒と、東京では二子玉川、国分寺にある。わたしはかつての自宅(小平市)から近かったので国分寺店に行ったことがある。JR国分寺駅の駅ビル8階にあり、眼下に武蔵野の街並みを眺めながらおいしいコーヒーを楽しむことができる。 

くすの樹
「珈琲館くすの樹」。店のつくりが立派だ。


前にも紹介した「珈琲館
 くすの樹」のコーヒーもいい。わたしがとくに好きなのは、ここのストロング珈琲だ。「重みがあってまろやかな味」とお店が言っているように、しっかりしたコクのあるコーヒーである。 

マンモスコーヒー
「マンモスコーヒー」は小さなお店。隠れ家的な店だ。


東京(都下。東京西部)の店をもう
1軒。青梅街道沿いにある「マンモスコーヒー」。わたしはいつもクルマで行っていたが、西武新宿線の上石神井駅から歩いても行けるらしい。ここは自家焙煎の店で、豆の販売・卸をおこなっている。カフェはこぢんまりしておりシンプルな内装だ。ここのストロングタイプのコーヒーもわたしの好みだ。以前、コクテール堂に注文し忘れたときなどにはここで豆を買っていた。 

  

ここで紹介したどの店のコーヒーもおいしいが、手前味噌ながらやはり一番は自分で淹れた「明治屋ブレンド」だ。お客さんに「コーヒーがおいしかった」「コーヒーがおいしいと聞いて来てみました」と言われると、「ありがとうございます」と返しながら思わず笑みがこぼれる。苦労してカフェを開業した甲斐があるというものだ。 


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